大阪高等裁判所 昭和55年(う)1292号 判決 1980年11月27日
被告人 牧野紀好
主文
本件控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は、検察官榎本雅光作成の控訴趣意書に、これに対する答弁は、弁護人笠井翠作成の意見書にそれぞれ記載のとおりであるから、これらを引用する。
論旨は、原判決には、累犯加重をすべき場合でないのに累犯加重をした法令適用の誤りがあり、その誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、破棄を免れないというのである。
そこで記録を調査するに、原判決が、累犯前科として、「被告人は、昭和四九年五月二一日神戸地方裁判所において常習累犯窃盗の罪により懲役三年に処せられ、原判示本件各犯行前に右刑の執行を受け終つたものである」旨認定し、原判示各罪は刑法五六条一項に該当するとして、同法五七条を適用処断していることは、原判文に徴し明らかであるところ、記録中の前科調書によれば、被告人は、原判示の日に神戸地方裁判所で原判示の判決を受け、右判決は、昭和四九年六月五日確定し、同日からその執行を受け、昭和五二年四月一四日仮出獄を許されて出獄し、無事仮出獄期間を満了すれば、同年五月二〇日受刑終了するはずであつたが、同年四月二二日犯罪者予防更生法四二条の二第一項により保護観察を停止され、右保護観察停止決定は、同月二八日発効したことが認められるから、右前科の刑期は右保護観察停止決定によつてその進行を停止しており(同条四項)、当審の事実取調の結果によれば、右保護観察の停止が解除されたのは、昭和五五年七月四日であるから、原判示本件各犯行時は、右前科の刑の執行は未だ終了していなかつたことが明らかである。原判示本件各犯行前に右刑の執行を受け終つたと認定し、刑法五六条一項、五七条により再犯の加重をした原判決には、同法五六条一項の累犯でない前科を同項の累犯前科と誤認した結果、誤つて同法五七条を適用した違法がある。
そこで進んで原判決の右違法が判決に影響を及ぼすことが明らかであるか否かについて検討するに、刑法五六条の累犯前科は、法律上後犯の刑の加重理由となる重要な事実ではあるが、その故のみをもつて、累犯前科を誤認し、誤つて累犯加重をした違法は、当然に影響を及ぼすものであるとはいえない。累犯加重の制度は、累犯者の犯行に対するより大きな非難可能性に着目して、その刑の上限を本来の法定刑の長期の二倍以下に拡張するものであるが、下限に変更なく、累犯の関係にある前科の存在を理由に常に一定量以上の刑の加算が、当然に要請されるものではない。累犯前科も、その犯行時ないし受刑終了時と後犯との時間的間隔、あるいは両者の罪質の類似性等によつて認められる累犯者の犯行としてのより強い非難が、その他の犯情と併せ考慮され、総合的判断の中で量刑評価に反映されるべきものであつて、その意味では、一般に前科が量刑判断の資料にされる場合と本質的に異るものではない。累犯でない前科を累犯前科と誤認したとして、その前科も量刑判断の重要な資料たるに変りなく、当然のことながら、これを斟酌して量刑すること自体は何ら誤りではなく、そのことによつて後犯の刑がそれ相応に重く評価されても、未だ右の誤認が判決に影響を及ぼしたといえない。累犯の関係にない前科を累犯関係にあるものと誤認し、誤つて累犯加重の規定を適用したため、本来あるべき刑罰評価を超えて不当に重く量刑し、量刑した蓋然性がある場合に初めて判決に影響を及ぼしたといい得るのであつて、このことは、誤認誤用の結果が最終的に処断刑に差異をもたらす場合であると否とによつて異なるものではない。累犯でない前科を累犯前科と誤認し、累犯加重の規定を誤つて適用した違法は、たとえそれによつて処断刑が重くなる場合であつても、それだけで当然には判決に影響を及ぼすことが明らかであるとはいえず、判決への影響の有無は、事案に即し、誤認の具体的態様、即ち具体的にいかなる事実を誤認したため、累犯でない前科を累犯前科と誤つたかを考察し、その誤認が後犯の刑罰評価にいかなる影響を及ぼす性質のものであるかによつて決せられるべきである。これを本件についてみてみるに、記録によれば、原判決が原判示の前科を累犯前科と誤認したのは、被告人が仮出獄中法定の遵守事項に違反して居住すべき住居に居住しなかつたため、保護観察を行なうことができず、保護観察を停止され、刑期の進行が停止したという、本件の量刑評価をするうえで被告人にとつてより不利な情状事実を看過し、前科調書と符合しない被告人の原審公判廷における供述を軽信し、仮出獄期間を無事満了して刑期を終了したものと誤認したためであると認められ、右のごとき誤認内容に徴すれば、原判決が、右誤認の故に、原判示本件各犯行について、前科の受刑終了時期を正しく認定した場合よりも、より重く刑罰評価をしたであろうとは考えられず、実際に原判決が宣告した刑をみても、それが正当な処断刑の範囲内で、しかもその範囲内でもはなはだ低いものであるのみならず、本件各犯行の内容、被告人の前科歴、生活状況等記録にあらわれた諸般の情状に照らし、原判決の刑は累犯前科に関する前記違法を正しても、まことに相当な量刑というべきで重すぎるものとは認められないから、原判決の前記違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるとはいえない(最高裁判所昭和二七年(あ)第六九七号同三〇年三月一六日大法廷判決・刑集九巻三号四六一頁、同昭和四四年(あ)第一一九三号同四八年二月一六日第二小法廷判決・刑集二七巻一号四六頁参照)。結局論旨は理由がない。
よつて刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却することとし(当審における訴訟費用については、同法一八一条三項本文に該当)、主文のとおり判決する。
(裁判官 吉川寛吾 西田元彦 重吉孝一郎)